紫園は、ゴージャスで美しい音色と正確で安定したテクニックの持ち主であり、演奏解釈的見地からも正統派の実力者というにふさわしいハイレヴェルな演奏を聴かせるフルーティストである。
地球上の津々浦々で年間100回程度のステージをこなしているという彼女は、国内でもリサイタルや録音に活躍しているが、この彼女の最新のライブは、今回が委嘱初演にあたる藤井一興の「香る薔薇の雨降る聖テレーゼ」という注目作も含んでおり、紫園の数ある録音のなかでも特に着目される必要がある1枚と考えてよいだろう。
収録曲目すべてが最高レベルの演奏であるが、彫が深く烈しい表現のなかに悲痛な感情を内在させた藤井作品は、高度な精神性が結晶したすこぶる芸術性の高い創作であり、フルートの音域を極めて幅広く活用した恐るべき難曲でもある。
このような特別な作品を見事な安定性を保持して立派に吹き切った紫園の力量は、非凡の一語に尽きるものであり、筆者に大きな驚きと深い感銘を与えた。1人でも多くの聴き手とその体験を分かち合いたい名演である。
精妙かつ緻密に彫琢されたテレマンのファンタジーは、彼女の力量を特に強く実感できたもう一つの場であったが、ここでは、華美な音色の美しさと表現の品の良さが光彩を放っていたこともが特筆される。
バッハの2曲のソナタとフランセのトリオは、ピアノの藤井一興、バイオリンの沼田園子、チェロの三宅進といった傑出した共演者たちを得て、極めて緊密でバランスの良いアンサンブルが繰り広げられており、久々に手応え十分な演奏を堪能することができた。優れた演奏家がアンサンブルを行う際には、それ相応の優れた人材が集まってくることが多いが、この3曲は、まさにその好例というにふさわしいサンプルであろう。
時事ドットコムニュース【今月のクラシック】
https://www.jiji.com/jc/v4?id=202110classical0002